日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第300号 目次  平成21年1月23日

○ 総本山において寒経が始まる
○ 日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(12)


○ 建治 元年1月下旬 日興上人様、南条兵衛七郎行増の墓に代参し
                富士下方に弘教。
寒経
1月20日は大寒。

一年のうちで最も寒いこの時季、総本山大石寺において、連日、「寒経」が行われております。

総本山大石寺:寒経
日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(12)

佐渡・塚原問答
佐渡塚原


『生死一大事血脈抄』

総じて日蓮が弟子檀那等自他彼此の心なく、水魚の思ひを成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱へ奉る処を、生死一大事の血脈とは云ふなり。然も今日蓮が弘通する処の所詮是なり。若し然らば広宣流布の大願も叶ふべき者か


■最蓮房の帰伏

塚原問答の後、大聖人に敬服し、その徳を慕って帰伏する人々が次第に生れてきた。最蓮房日浄もそのひとりであった。

最蓮房は天台の学僧であり、如何なる理由かは詳らかではないが、既にこの時、流罪の身であった。最蓮房は、文永9年2月の初旬、自ら大聖人に帰伏し、2月11日には、『生死一大事血脈抄』を、2月20日には『草木成仏口決』を、更には『当体義抄』、『諸法実相抄』、『立正観抄』等の重要御書を賜わっている。このように、甚深の法門の多くが、最蓮房を対告衆として開示され後代に伝承されており、最蓮房の学解の深さと信仰の厚さを物語っている。

大聖人の弟子となった最蓮房は、更なる迫害を受けるようになったが、如何なる諸難をも乗り越えていったのである。


参照
・日蓮大聖人正伝(228頁〜)

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