日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第305号 目次  平成21年2月27日

○ 日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(15)


○ 弘長3年2月22日 大聖人様、伊豆流罪の赦免
○ 暦応4年2月26日 総本山第四世日道上人様御正当の日
○ 寛永9年2月21日 総本山第十六世日就上人様御正当の日
○ 正徳5年2月24日 総本山第二十四世日永上人様御正当の日
○ 安永7年2月26日 総本山第三十三世日元上人様御正当の日
日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(15)


■『開目抄』の御述作

文永九年(1272年)二月、極寒の塚原の地において、日蓮大聖人様は『開目抄』二巻を著され、末法の御本仏としての発迹顕本の境界、人本尊開顕の大綱を明かされました。

先ず、法華経の『勧持品』で予証された滅後末法における三類の強敵と種々の迫害を説いた経文を挙げ、その経文どおりに実践し、身で法華経を読まれた方は、日蓮大聖人ただお一人であることが説かれております。

今末法の始め二百余年なり。況滅度後のしるしに闘諍の序となるべきゆへに、非理を前として、濁世のしるしに、召し合はせられずして、流罪乃至寿にもおよばんとするなり。されば日蓮が法華経の智解は天台伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども、難を忍び慈悲のすぐれたる事はをそれをもいだきぬべし。定んで天の御計らひにもあづかるべしと存ずれども、一分のしるしもなし。いよいよ重科に沈む。還って此の事を計りみれば我が身の法華経の行者にあらざるか。(御書五四〇頁)

と示され、また
而るに、法華経の第五の巻、勧持品の二十行の偈は、日蓮だにも此の国に生まれずば、ほとをど世尊は大妄語の人、八十万億那由佗の菩薩は提婆が虚誑罪にも堕ちぬべし。(御書五四一頁)

とも説かれ、法華経の経文どおり実践された大聖人こそ法華経の行者であり、釈尊の予言を真実ならしめた者であると仰せられている。そして、経文を身読された受難の究極として、また末法の本仏としての開顕について、
日蓮といゐし者は、去年九月十二日子丑の時に頸はねられぬ。此は魂魄佐土の国にいたりて、返る年の二月雪中にしるして、有縁の弟子へをくれば、をそろしくてをそろしからず。みん人、いかにをぢぬらむ。此は釈迦・多宝・十方の諸仏の未来日本国、当世をうつし給ふ明鏡なり。かたみともみるべし。(御書五六三頁)

と、竜の口の法難において久遠元初の本仏として、発迹顕本された旨が述べられている。

すなわち末法の仏は、脱益の仏のような座禅や瞑想などの観念観法で開覚されるのではなく、事実の姿の上に経文を顕現し、身命を堵した一大信念のうえに、その実証を顕発されるのである。この故に、大聖人は同じく佐渡期に著された『義浄房御書』に
寿量品の自我偈に云はく『一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず』云云。日蓮が己心の仏果を此の文に依って顕はすなり。其の故は寿量品の事の一念三千の三大秘法を成就せる事此の経文なり、秘すべし秘すべし。(御書六六九頁)

と仰せられている。

この一心欲見仏不自惜身命の結晶が竜の口の発迹顕本となり、日蓮即法界自受用身と開覚されたのである。

『開目抄』において、この境界を開示しつつ、
詮ずるところは天もすて給へ、諸難にもあえ、身命を期とせん。身子が六十劫の菩薩の行を退せし、乞眼の婆羅門の責めを堪へざるゆへ。久遠大通の者の三五の塵をふる、悪知識に値ふゆへなり。善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし。大願を立てん。日本国の位をゆづらむ、法華経をすてゝ観経等について後生をごせよ。父母の首を刎ねん、念仏申さずば、なんどの種々の大難出来すとも、智者に我が義やぶられずば用ひじとなり。其の外の大難、風の前の塵なるべし。我日本の柱とならむ、我日本の眼目とならむ、我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず。(御書五七二頁)

と教示され、そして、当抄の冒頭に掲げられた「尊敬すべき三徳」の結論として
日蓮は日本国の諸人に主師父母なり。(御書五七七頁)

と最後に仰せられている。

まさにこの一文は大聖人が末法の御本仏であることを自ら明確に宣言されたものであり、当抄の結論はここに存するのである。


参照
・日蓮大聖人正伝(236頁〜)

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