日蓮正宗佛乗寺法華講青年部 週刊向陽


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第315号 目次  平成21年5月8日

○ 広布唱題会
○ 日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(17)


○ 文永10年5月    大聖人様、『如説修行抄』を弟子檀那中に与う
○ 文永11年5月    大聖人様、身延入山
○ 文化 5年5月8日 総本山第四十五世日礼上人様御正当の日
○ 文政 6年5月    日量上人様、『富士大石寺明細誌』を著す
○ 文政13年5月8日 総本山第四十九世日荘上人様御正当の日
○ 天保 7年5月    日量上人様、『続家中抄』を著す
広布唱題会
2時間唱題行と共に恒例の広布唱題行が執り行われ、多数の方々がお寺に参詣し、心を一つに有縁の方々の正法帰依と広宣流布をご祈念申し上げました。
日蓮大聖人佐渡配流をお偲びして(17)


■日妙聖人
〜乙御前母子の来島〜


日蓮大聖人様が極寒の佐渡塚原三昧堂で冬を越され、翌文永9年に一谷へ移られた後、4月には四条金吾殿が、そして5月には乙御前母子が、大聖人様のもとへ参詣されている。

とくに女人の身として嬰児を背に、危険の多い旅を経て、大聖人様のもとへ参詣した乙御前母に対して、大聖人様は『日妙聖人御書(御書六〇三頁)』に、

「日本第一の法華経の行者の女人なり。故に名を一つつけたてまつりて不軽菩薩の義になぞらへん。日妙聖人等云云。
 相州鎌倉より北国佐渡国、其の中間一千余里に及べリ。山海はるかにへだて、山は峨々、海は涛々、風雨時にしたがふ事なし。山賊海賊充満せり。すくすくとまりとまり民の心虎のごとし犬のごとし。現身に三悪道の苦をふるか。其の上当世の乱世、去年より謀叛の者国に充満し、今年二月十一日合戦、其れより今五月のすゑ、いまだ世間安穏ならず。而れども一の幼子あり。あづくべき父もたのもしからず。離別すでに久し。」


と述べられ、日妙女の信心を賞められ、女人としても、また弟子檀那としても異例の聖人号を授けられました。

この日妙聖人が帰る折、旅費が欠乏して帰るに帰れない状況となってしまっていたことを知られた大聖人様は、一谷入道にその事情を話し、法華経一部を与える代りに、帰りの旅費を立て替えられたのでした。しかし、念仏を捨て切れなかった一谷入道には与えず、法華経を信じていた入道の母へ持経として与えられたのでした。

大聖人様が身延に入山された後も、日妙聖人は乙御前を伴って大聖人様のもとへと参詣している。また、大聖人様御入滅の後も、法脈に迷うことなく、二祖日興上人様を慕って、乙御前と共に富士重須に移り住んでいる。


参照
日蓮大聖人正伝(240頁〜)
日蓮大聖人御在世の信徒たち(7頁〜)

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